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2007年12月17日 (月)

「思い出」

何気なく1日が過ぎて行きます。。(吉田繁治先生の言葉です)

過ぎ去ったことを、素直に思い起こせば、いつの時期も、不都合な変化だったはずです。しかし過去は消えていて、記憶の中で、ふるさとのように美化されます。ふるさとも、今の場所と同じように、変化してしまっている。それぞれの記憶の中にしか、ふるさとはない。

一方、未来は見えず、不確定なため、恐れられる。人を恐れさせるには、お化け屋敷のように、灯りを消し暗くすればいい。未来が見えないと思ってしまうことが、心に巣くう恐れです。

未来は、向こうからやってくるのではない。誰かが、あるいはどこの企業かが、創造的に作る。現在のものに、有用な新しい要素を付け加えることが創造であり、未来です。変化と創造が、未来です。

未来は、時間直線で延長したイメージの遠くあるものではない。足元にある。誰にとっても1秒ごと、あるいは1時ずつ、1日ずつしか時間は経過しない。未来とは、いつになっても、来ないものを言う。

人間にとっては、永遠に、現在しかない。今の時間と、今日しかない。しかしモノは、過去の形で残る。しかしそのモノも、厳密には過去のモノではない。変化しています。その変化がわずかなため、固定しているように見えるだけです。

つまり、人生に置き換えて言えば、現在、過去、未来、歌の歌詞のようですが、人生に存在する唯一の現実が今、現在です。

1秒ごと1時間づつ1日にづつ、時は刻まれて行きます。形に作られてものは今も存在するが、時間の経過と共に変化して行く。

経過した時間のことを、記憶の中に思い出として残っている。しかしその思いでもその時の風景や景色も現在では、変化している。なつかしい思い出に過ぎない。

未来はあるのか?カレンダーや手帳に予定を書き込むが、その日が現在の時間の経過の過程に到来するのである。

未来はなく、現在しか私たちには存在しない、だから1日々を真剣に生きて行かなければならない。

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